Interview|地方におけるシェアオフィスのあり方と向き合う「SLOW WORK YAITA」
今回は弊社で携わったプロジェクトとして、栃木県矢板市にある地域共創型シェアオフィス「SLOW WORK YAITA(スローワーク矢板)」の事例をご紹介します。
プロジェクトに込めた思い、設計プロセス、当時の裏話などについて、プロジェクトのご担当者の方々との対談を通じて振り返っていきます。
■対談者
高原 良:(株)TATAMI 代表取締役/エルゴノミスト (上記写真、左)
荒井 法子:(株)エフエム・スタッフ 代表取締役社長 (上記写真、中央)
荒川 和宣:(株)エフエム・スタッフ 取締役 (上記写真、右)
施設写真(弊社HP):https://www.tatami-
「スローワーク矢板」プロジェクトスタートのきっかけ。
高原:荒井さん、荒川さん、本日はよろしくお願いします。
一同:お願いします。
高原:もともとエフエム・スタッフさんとは、前職からのお付き合いがあって…一緒にお仕事するような関係性だったんですよね。TATAMIが創業して間もない時期に、栃木県にシェアオフィスをつくりたいとご連絡いただいて…というのが最初のきっかけでしたね。
荒川:そもそもの経緯としては、私たちエフエム・スタッフとして、地方自治体が抱える課題にも何か役に立つことができないかと模索していたところ「地方創生テレワーク交付金(当時名称。日本政府が地方創生の一環として、テレワークの推進を支援するために設けた交付金制度)」という、地方でのシェアオフィス等の開設・運営を支援するといった補助事業をみつけ、事業に参加している自治体さんに何件か連絡をしたんですね。
その中でも矢板市の政策課の担当の方が、「矢板の街をどうにかしたい!」という熱意にあふれた方だったので、この方たちと一緒にやればうまくやれるんじゃないかなぁと感じたことから、矢板でのシェアオフィス開設に踏み切りました。その後、私たちだけだと難しかった部分もあり…高原さんたちに連絡してみましょうという話になりました。

ネーミングからはじめた、施設づくり。
高原:懐かしいです。空間デザインだけでなく、施設の名称やロゴなども考えてほしいとご依頼をいただいたので、まずはコンセプトとなる名称の検討から着手しました。「地方創生テレワーク交付金」は、都市部から地方への人の流れを生むことが事業の目的だったので、どうすれば多くの人に矢板市を訪れたいと思ってもらえるかが大事なポイントでした。
それを考えはじめ、矢板のまちをぶらっと一日歩いて回ったのですが、その時に目に入った広い空や自由に飛び回る鳥たち、自分のペースで暮らしている住民の方々などが印象的で、都市部と比べ「生活の流れがゆったり」なことにとても魅力を感じるようになりました。そういった環境で働けることは凄く豊かで、大切な体験になるんじゃないかなと。併せて、施設の名称は聞いた時に何を提供する場所なのか、どんな働き方を提供してくれる施設なのか…ということが容易に想像できるようにしたいとも思っていたので、そういった考えの中で「スローワーク」というキーワードに辿り着きましたね。
荒川:ネーミングに関しては、即決というわけではなく、スローワークを「ゆっくり働く」みたいに思われないか?みたいな懸念する意見もあったんですけど、スローライフからのイメージの想起や自分の流れやペースで働けるといった意味も含められる…といったような議論もありながら決まりました。
自分らしい働き方を、探しに来てもらえるような場に。
荒井:世の中でも、まず「ワークライフバランスを考えましょう」という流れがり、そこから「働き方改革」の波が一気に来て、その後にコロナ禍へ。事業を止めないための施策として「リモートワーク」をできるようにした会社さんが増えて…ライフとワークが混じりはじめた頃で、今後はバランスを取るのではなく、自分の価値をどこに置きたいのかっていう「ワークライフバリュー」が重要になるとも言われていました。
当初は、自分探しじゃないですけど、都市部の人が自分なりの働き方を探せる時間を過ごしてもらえたらいいな…といった考えで、ここを作ったんです。人生100年!なんて言われたら、もしかすると80歳くらいまでは働かなきゃいけなくかもしれないじゃないですか。これからの働き方や生き方を考えたいなって思う人が、何かヒントをつかみにくるとか、この場で誰かと一緒にそれを始められるとか、そういう「働く人生」を考える場所になればいいなって。

荒川:実は初めの頃、新しいデザインやきれいな環境であれば人は来るだろうみたいな、ちょっと安易な考えもあったんですけど、見には来るけど、それで終わりになっちゃうなって次第に思い直すようになりました…
高原:そうですね。地方でもシェアオフィスやコワーキングスペースが増えてますが、単に箱をつくるだけでは人が集まらないことも多いですからね。スローワークという働き方の提供を通じて、自分らしい働き方を探してもらうというミッションが定まったことで、それを実現できる空間は?とプロジェクトが進んでいきましたね。

都心のオフィスと相違ない作業環境に、矢板らしさも取り入れた空間デザイン。
高原:空間としては、執務のためのオフィススペースと、コミュニティを育てていくためラウンジスペースの2つにゾーニングが分かれています。コミュニティ形成を重視して、ラウンジスペースも広さを確保し、イベントやちょっとした利用者同士の雑談など、カジュアルで柔軟な使い方ができるスペースにしました。荒井:オフィススペースが充実している点も大切だと思ってます。
最近はホテルなどでもリモートワークできるスペースがあったりしますが、仕事に向いた机や椅子が整っているところは少なくて、Wi-Fiや雑音の問題などもよく聞きます。環境が整っていないと体に負荷がかかり、ストレスも溜まるので、シェアオフィスとしてオフィススペースはちゃんと働きやすい環境でありたいですよね。
荒川:施設の機能面については、都心のオフィスで働くのと変わらない環境は整えようという話をして、もともとエフエム・スタッフはオフィス構築に関わる仕事もしているので、最近のオフィスニーズも考慮した上でつくっていこうとTATAMIさんと考えていきました。


高原:デスク面の広さなどは、最近のオフィススタンダードと比べるとゆったりしたスケールにしていますし、家具やWEB会議のための設備なども通常のシェアオフィスで入れられているものと比べるとグレードが高いですよね。
荒川:そうですね、はい。頑張っちゃいましたね。
一同:(笑)
高原:仕事をする際の快適性をしっかり担保することで、近隣で在宅ワークしている人にも、家よりも働きやすいということで施設利用の動機が生まれますよね。あとは、そういった快適性を担保しつつ、スローワークというコンセプトを感じながら働ける空間づくりというのを心がけました。例えば、はじめて現場調査で訪れた際に、北に面した大きな窓があったので、見た瞬間にここがワークスペースとして、いいんじゃないかと。自然の光も入ってきますし、矢板の景色、住宅も多いですけど特に高原山っていうこの地域では有名な山なんかも見えるようなロケーションになっていて、矢板という土地の空気やスローワークのコンセプトを感じながら、気持ちよく仕事ができるスペースができたと思います。

荒川:四季を感じられるのがいいですよね。冬なんか雪山になっているので、すごく景色も綺麗ですし。
高原:ですね。一日の時間の流れも感じやすいです。ただ、向かいの住宅エリアが見えすぎてしまうという問題もあったので、窓ガラスに透明なシートでスローワークのロゴパーツを組み替えたグラフィックを施したりしました。これが適度な目隠しになりつつ、さらにスローワークというコンセプトを通じて景色を見てもらいたいっていう、メッセージにもなっています。そういった感じで、快適で仕事しやすい空間というのをベースにしながら、矢板らしさやスローワークのコンセプトを空間デザインに落とし込むように設計を進めていきました。
デザインのメリハリ。コストバランスを考えながら提供価値を最大化。
髙原:やっぱりどこにお金をかけるべきかという議論もあって、例えばOA床(配線を隠すための二重床)も全エリアやると大きな金額になるんで、その予算をもっと違った提供価値につかうべきではないかとか。
荒井:私は窓際のこあがりスペースが好きで、ワクワクするんですよね。視点が変わったり、横に本棚もあって、遊び心が添えられたスペースになっているなって。そういう配慮が各所にあって、ポイントポイントで人がホッとするような仕掛けをしてくれているところが素敵だと思っています。

高原:思い切ったコストダウンもあったおかげで、そういうところにお金をかけていけましたよね。飲食スペースを設けるか設けないかも議論があって、キッチンや水周りは最初の設計要件に入ってなかったのですが、この施設でコミュニティをどのように育んでいくかを考えたときに、みんなで集まって地域の食材を食べたり、昼食を一緒にとるとか、そういう時間は大事だろうと提案し、最終的に既存の給湯スペースを改修するかたちをとりました。
荒川:元々あったものを撤去するかしないかって話をしていたのですが、残して綺麗にしていこうと。僕はシンクを丸々入れ替えたとばかり思っていましたね、すごく綺麗になっていたので。
一同:(笑)
髙原:そうですよね。シンクを綺麗にしたり、収納扉のシートも貼り変えたら、見違える印象になりましたね。最初に来た時は本当に給湯室っていう感じでしたが…壁も一部撤去したことで、コストを抑えながらオープンで清潔感のある感じにできましたね。
荒川:やっぱりキッチンがあるのは、改めてよかったと思いますね。

ロゴやグラフィックといった、視覚デザインへのこだわりも。
荒井:視覚的な部分についてもこだわりましたよね。
髙原:順番としては、施設の名称を最初に決めて、
荒井:ロゴは、ご提案では何案かいただきましたよね。

髙原:そうですね。最終的に採用いただいた案は、矢板にゆかりのある「キジバト・ナツツバキ・レンゲツツジ」の3色に塗り分けた積み木をイメージしています。積み木の意味は、矢板にきて、自分らしい働き方を楽しみながら組み上げていくっていうメッセージを込めています。

荒川:僕は最初からこの案が好きでした。でも他にもいろいろありましたよね、ちょっと抽象的なものとか、アパレルブランドっぽいイメージのものとか。…結果的に社内で投票して、今のものに決まって良かったです。
髙原:投票していただいて、これに決まってから空間の配色やチラシなどのデザインにも展開していった感じでしたね。


荒井:デザイナーは熊谷さんという方で…。
髙原:この施設のグラフィックデザイン全般を担当してくれた方なのですが、実は夫婦で活動されていて旦那さん(熊谷英之さん)がロゴやチラシを、奥さん(hoko.さん/熊谷奈保子さん)がエントランスにあるアートウォールを描いてくれました。他の案件でも一緒にやらせてもらっているのですが、スローワークのコンセプトが固まっていく中で、特にhoko.さんの描くイラストの雰囲気が合っていたので、熊谷さん夫婦にお声がけをしました。
荒井:これは大正解でしたよね。そこからさらに地域の農園さんの商品パッケージのデザインなども担当していただいて。
髙原:どなたに声をかけようか考えた時に、矢板の地域の良さを表現できる一方で、少しアーバンっぽさというか、洗練された雰囲気も両立できる人っていうところで、パートナーとしてお願いをしました。ロゴは、日本タイポグラフィ年鑑2023ロゴ部門に入選もしましたよね。

荒川:hoko.さんはプレミエールっていう立川にあるお菓子屋さんのパッケージデザインとかも担当されているんですよね。
荒井:そうそう。
髙原:めっちゃかわいいですね!

荒川:本当これは偶然なんですけど、那須塩原にあるチーズガーデンっていう大きなチーズケーキを作っているブランドがあるんですけど、そこの夏季限定パッケージもhoko.さんに頼んでいたらしくて、そこの広報の方から「うちも同じ人に頼んでいます!」みたいな連絡があって、那須塩原とはすぐお隣の市なので、そういうつながりも持てるようになったんですよね。
髙原:すごいですね。hoko.さんはイラストレーターで、商品パッケージや書籍の表紙などのデザインをされていたんですけど、あれだけ大きいサイズのウォールアートを描くのは初めてだったということで、少し緊張されていたそうですよ。
荒井:施設を訪れた人も喜んでくれますが、写真としても映えるし、私はリモート会議の壁紙にして使っています。
一同:(笑)
都市部で培ったスキルを、地方で活かせるチャンスがある。
荒井:大きく広告などに露出をしていないのですが、利用者の方はすこしずつ増えて来ています。開設当初は、ここに来て自分なりの働き方をみつけるということを重要視していたのですが、地域に自分の持ってるスキルがどう使えるか、役に立ちたいって気持ちで関わる人も増えつつあるように感じます。私自身もそうですが、自分が普段いる地域じゃないところで誰かと関われるということを喜びに変える働き方をしたい人はいるんだなというのが、ちょっとずつ見えてきました。

髙原:地方はどんどん人が減っている中で、都市部の人が地方で自分のスキルを活かせるチャンスって、すごいありますよね。これまで関係なかった地域でも、ちょっとした関わりを持つことがきっかけで、そこで新しい取り組みを生み出すこともあるんだろうなと。
荒井:hoko.さんが農園のパッケージデザインをしてくれたようにですね。
髙原:はい、デザイナーだけじゃなくてさまざまなスキルを持った人たちが、都市部と地方を行き来することで、地方が活性化していく活動が生まれるといいなって。今まさに芽が見えてきた感じですね。
荒川:ちょっとした話だけど、市役所との集まりで、私がコーヒーに詳しい人を紹介したら、そこからすごく深いつながりになって一緒にイベントなんかもやるようになったんですよね。そういう感じで、施設運営を通じていろんな人を、地域に紹介して喜んでもらえるような仕組みもできたらいいなと思ってたりしてます。

荒井:すごくいいですよね。別の例だと、
髙原:私も大学などで非常勤の教員をしていますが、
荒井:地方でも、

「自分にとっての働く」を考え、実現できるコミュニティへ。

荒井:
荒川:みんなで会話をしながら「

荒井:やっぱり働くことも生きがいに関わってくるから、
髙原:本当に、そうですね。
一同:ありがとうございました!
企画・撮影・執筆協力:(株)bird and insect
施設写真(弊社HP):https://www.tatami-
インタビュー時期:2024年9月






